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2016年10月29日 (土)

ストレスと普通

 2つ記事をアップした。どっちも暗い。9月29日に書いて、あまりの暗さに公開しなかったけれど、今は少し浮上してきたので、公開することにした。

 いつもそうだ。本当に本当に辛くて暗いときは、吐き出せない。かといって、黙っていたら狂ってしまいそうなので、とにかく紙に書いたり、PCに打ち込んだり。今の状況を把握しする。そして「本当にダメだったら人に話そう」って記録すると安心するのか、やけくそになるのか、今しばらくの辛抱だからって謎の支えを得て、根性で乗り越えたり通り過ぎるのを待ったりして、ふと、平常(?)にもどる。

 平常といっても、綱渡りなんだけども。いつもギリギリに生きている。周りにはわからないこのテンパった状態を誰かにわかってほしいけれど、客観的にはちっともテンパっていない状況なので、永遠に他人にはわかってもらえなさそう。

 今年は企業で「ストレスチェック」が義務付けられている?のかしら。なんか、先日受けさせられたけれど、笑っちゃうほど「わかってた」という、結果だった。

 結果:私はストレスを結構かかえている。しかし、私の周りにはストレスとなるものは、存在しない。

 そんな感じ。端から見れば「どこが辛いのさ。そんなの普通。」ってことが、辛いわけなのです。でも、それって当たり前のようにも感じる。うちの会社でメンタル休業している方々は、たいてい、これ以上優しくできないってほどゆるい職場で働いていたりする。(まあ、きっかけはキツイ職場だったりもするのだけど)
 人は主観で生きているから、他の人の辛さはわからない。ただ、「そう思う人が多い」という風に考えられる人が、意識なく「普通」でいられる。

 職場で「普通、こう考えるよね」を連発する先輩がいる。悪気はないし、彼女は私を「普通」の仲間と見なしてそう話しかけてくるのだとも思うが、少し苦しい。たぶん、その辺が私の「普通」でないところなのだろう。

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